朝の儀式

 0500 起床。
ベッドに横たわったまま、窓から臨む笑顔の碧クジラとカバーの掛かった紅い鳥と
朝の挨拶を交わす。
 そのまま約30分程度枕の脇に準備した本を読む。
仕事の本であったり趣味の本であったり、その時々で様々な活字に目を通す。
寝起きの身体を呼び覚ます時間として、
また特に脳に対するよい刺激になるのだそうだ。






 0530 渇いた身体にコップ一杯の水を染み込ませた後
朝ラン(朝のランニング)約10kmか
スロトレ(スロートレーニング)3セットを約1時間、
日替わりで楽しむ。
いまだ起ききっていない身体に、負担がかかり過ぎない、適度な負荷で。

 蛇足だが、ベッドから起き上がる時には、
ベッドサイドで30秒程度座った後立ち上がると心臓への負担を軽減できるのだとか。






 0630 シャワーを浴び、出勤準備
 0715 家を出る






 人は永遠に生きることができない。
人に限らずこの地球上で呼吸しているすべての生物が、今この時この瞬間にあっても、
生命の旅を終えるその瞬間に向け、確実に歩を進めている。
そしてその瞬間は、もしかしたら明日来るかもしれないのだ。






 私たちは1日の大半を職場で過ごす。
労働は素晴しいと思う。
生きていく糧を得るためのみならず、自己を成長させ、また他者への貢献に繋がる。
この職を与えられた事がありがたい。常に感謝の念で一杯である。

 でも「もう少し仕事以外の事に使える自分だけの時間が欲しい。」
ある時、そう思うようになった。






 それからショートスリーパーになってみたり、
仕事を終えた後の講習に参加してみたり、
試行錯誤した結果、今の「朝の儀式」が形作られた。






 朝のたった2時間が、清々しい朝を運んでくる。最高の気分。
4月以降ほぼデスクワーク一辺倒になった私の身体に刺激を与えてくれる。
今まで平日には殆ど作れなかった私的な時間を創造し、私生活をもより充実させる。
私生活の充実に比例するように、
その日の仕事に対する意欲を掻立て仕事の精度を高める。
私の人生そのものを、より豊かにしてくれていると実感できる。
効果絶大なのである。







僕等は朝をリレーするのだ  緯度から緯度へと  そうしていわば交代で地球を守る 
眠る前のひととき耳をすますと  どこか遠くで目覚まし時計のベルが鳴っている
それはあなたの送った朝を  誰かがしっかりと受け止めた証拠なのだ

 谷川俊太郎の「朝のリレー」の詩のように、まだ眠っている街にあって、
誰からか朝のバトンを受け取る数少ない1人になれていると感じるのは気のせいかw






 今回の写真もすべて、朝ラン時にiPhoneで撮ったもの。
「早起きは三文の得」とはよく言ったものだ。






 そう思っていたら実は「三文」とは現在の30円くらいなのだそうな。
この写真だけでも、私にとっては30円どころの騒ぎではない。
ましてや日々の充実感や計り知れない人生そのものへの影響を考えると、
「早起きは三文どこ路の騒ぎではないほどの得」
と少なくとも表現した方が良さそうだ。
「朝の儀式」は少なくとも私にとって、
限られた時間という資源を有効活用しより充実した生命の旅を送る事のできる
術のひとつであることに間違いなさそうだ。